地熱調査における地化学分析の意義
地熱調査に地化学分析の最大の意義は、『流体流動モデル』の構築にあります。
地熱流体の化学成分を調べることで以下のようなことが明らかになってきます。
・起源水
・生成機構
・深部温度
・循環機構
これらを把握することは、温泉への影響評価や地質調査から推定された水の道の確認、プラント建設時の地化学リスクの評価など多方面に役立てることができます。
地熱流体化学分析手法
主要陰イオンによる分類
基本原理
図1. 温泉水の主要陰イオンの三角ダイヤグラム
主要陰イオンとは、『SO42-』、『HCO3–』、『Cl–』を指します。これらの濃度によって、温泉や地熱系の生成機構を推定します。また、図1のように分類され、表1のような生成機構や起源が考えられます。
表1. 温泉成分における生成機構
タイプ | 生成機構等 | |
a | SO4型 | 蒸気加熱型(H2S)、熱伝導型 |
b | HCO3型 | 蒸気加熱型(CO2)、熱伝導型 |
c | 中間型 | 熱伝導型 |
d | Cl-SO4型 | 深部熱水混合型 |
e | Cl-HCO3型 | 深部熱水混合型 |
r | Cl型 | 深部熱水型、海水起源 |
各成分の挙動について
それぞれの成分によって、表1のような推定がされるのは、各成分の挙動に特徴があるためです。その特徴や成因について、以下で解説します。
〇 Cl–の挙動
活発な地熱地帯の比較的深部には,かなり普遍的にNaCl型の高温の熱水が存在します。そのNaClの起源については,火山ガスの中和,マグマからの揮発,岩石からの溶出の諸説がありますが,一般的にマグマからの影響を受けている深部熱水の影響していると、NaCl濃度が高いとされます。
一方で、水については酸水素同位体の考察からほとんどが地表からの循環水(NaClが低い水)だとされています。そのため、マグマの影響が強い深部熱水型が多く入り込むと、Cl濃度が高い傾向にあります。そのため、Cl濃度が高いほど高温で有望な地熱地帯であるケースが多いです。
ただし、水の起源が海水の場合や海成層を通過した熱水もCl濃度が高い傾向があり、この場合は必ずしも有望とは限りません。
〇 SO42-の挙動
SO42-は、マグマに含まれた硫黄に起因します。硫黄の融点が120℃と低いため、岩石に含まれる硫黄を溶かしながら、マグマが上昇してきます。このマグマから生じた水を含んだ深部熱水から減圧等により揮発性が高いH2S(還元条件化)やSO2(酸性条件化)が生じます。これらのガスが、酸素を含む地下水と反応することで、SO42-を生成します。そのため、pHが低い温泉やSO4型の温泉は、深部熱水から発生した蒸気によって温められた温泉であると考えられます。
また、このような温泉がある場所の下部には深部熱水由来の熱源があり、熱源の中心付近であると考えます。
〇 HCO3–の挙動
HCO3–については、火山ガス、炭酸塩岩、堆積岩中の有機物など起源が多岐に渡ります。ただし、SO42-と同様に火山ガス起源が一般的です。火山ガス起源のHCO3–型は、深部熱水の周辺部や火山縁近部で発生します。これは、火山ガス由来のCO2を含んだ熱水が上昇すると、減圧されCO2の脱ガス反応が進み、浅部の地下水に付与されます。
CO2は酸性ガスであること、低温のほうが溶けやすいことから、熱源の中心部ではH2Sが溶け、地熱流体は酸性となっていることと流体が高温であるため、CO2が溶けにくくなります。一方で、中心より離れたところでは、温度も下がることやH2Sの減少から、CO2が溶けやすくなることから、熱源から離れた周辺部でHCO3–型の温泉を形成します。
表2.各成分の起源まとめ
成分 | 起源 |
SO4 | 深部熱水中の硫黄と地下水の反応 |
HCO3 | 火山ガス、炭酸塩岩、堆積岩中の有機物由来のCO2と地下水の反応 |
Cl | 深部熱水、(化石)海水、海成層 |
参考文献
https://www.jstage.jst.go.jp/article/grsj/39/4/39_203/_pdf/-char/ja
https://www.jstage.jst.go.jp/article/chikyukagaku/26/2/26_KJ00007318747/_pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/59/8/59_KJ00007731106/_pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/grsj1979/9/2/9_2_133/_pdf
B/Cl比
基本原理
ホウ素/塩素比は、貯留層の母岩と起源水の特定するために、使われます。ホウ素(B)と塩素(Cl)はいずれも岩石から一方的に地熱流体中に溶出する傾向の強い可溶性成分であるため、貯留層を構成する岩石と地熱流体の組成が類似する傾向があります。
水の起源が天水であるとき、貯留層が火山岩の場合はB/Clは低く、貯留層が堆積岩の場合はB/Clは高い傾向を示します。これは、低温環境でホウ素は海成堆積岩類に濃集することに起因します(茂野,1922)。
また、B/Clが顕著に低い(0.001程度)の場合は、海水や化石海水などのClを大量に含む水が起源と推定され、B/Clが顕著に高い(0.3~1以上など)の場合は蒸気加熱型であると推定されます。
参考文献
塩素とエンタルピー
主要陰イオンによる分類のClの挙動での解説の通り、Cl濃度が高いと有望な熱源であることが多いです。そのため、Clとエンタルピーは比例することが多いです。
しかし、気液分離や地下水の混入等によってCl濃度が変化します。例えば、フラッシュした場合はフラッシュした蒸気のCl濃度は低い傾向にあります。また、浅部の地下水の影響が強い場合にもCl濃度が低い傾向にあります。
この性質を用いて、Cl vs エンタルピー のグラフでは、地熱熱水の流動の考察に使用されます。
水素・酸素同位体
図2.温泉水、地下水、及び火山ガスの水の水素・酸素同位体比(JOGMEC 『地熱発電の現状と今後』 引用)
酸素•水素同位体は、地熱流体の起源と地熱流体の流動の推定に用いられます。
同位体では、基本的には絶対量では扱わず、標準試料との差分で評価されます。水の場合には、SMOW(Standard Mean Ocean Water)を標準試料としています。そのため、海水はδD=0,δ18O=0となります
天水起源の水の場合、酸素・水素の同位体比は図2のように直線で表されます。この直線を天水線と呼び、降水によってもたらされる水は概ねこの直線上に分布します。この直線の式を以下です。
上限 : δD = δ18O + 26
下限 : δD = δ18O + 10
一方で、高温火山ガス起源の場合は、酸素・水素の同位体比は共に非常に高い数値を示します。Giggenbach 1992によれば、安山岩質マグマ水は循環している海水を起源が有力であり、その影響で高い値を示すと考えられています。
また、地熱流体は高温岩体との反応して、酸素同位体比(δ18O)が高くなる傾向にあります。これは、同位体分別※が原因です。天水よりも鉱物や岩石中のδ18Oは高いため同位体交換反応によって、天水がδ18Oが岩石の組成にシフトしてことに起因します。この場合、酸素同位体シフトは数‰程度です。
また、水素同位体(δD)は岩石中に含まれる水素の量が水の含有量として微量であるため、ほとんど影響がない。
※同位体分別
同位体がもつ質量の差が、物理的または化学的な反応過程において影響が及ぼし、同位体比が変動する事象。
参考文献
Giggenbach, W.F. (1992)・Isotopicshifts in waters from geothermal and volcanic systems along convergent plate boundaries and their origin.
Kohei KAZAHAYA 1997 ・島弧の活火山から放出される水ーその起源と量一
Saki TSUTSUMI et al. 2022 ・地化学探査 ─地熱資源の利用に向けた地球化学の応用─, Journal of Geography
地化学温度計
表2. 地化学温度計の一覧(抜粋)
地下温度を推定する方法として、地化学温度計を用います。これは、水に対する鉱物の溶解度や、鉱物-水間等での化学平衡定数などの温度依存性を利用して、地下において熱水と岩石が平衡状態であること前提として推定します。
地化学温度計には、数種類あり、種類によって使用する化学成分が異なります。上記の表では、一般的に使用される地化学温度計を列挙している。
化学成分は、様々な要因で変化するため地化学温度はバラつくことがあるため、複数の地化学温度計で検討やその他調査結果も踏また複合的に判断が求められます。
Giggenbachダイヤグラム
図3.Giggenbachダイヤグラム(Jana S. STOJKOVI et al 2013引用)
このグラフでは、流体と岩石の反応の進行状況(成熟度)を判定するときに用いられます。図中のFull equilibrium lineは、Na-K-Mgによる地化学温度計とNa/Kによる地化学温度計と一致するように引かれている(Giggenbach, 1988)。
Full equilibrium lineに近いほど岩石と熱水の反応は、十分進んでいる(成熟している)ため平衡状態であると言えます。逆にFull equilibrium lineから遠いほど、未成熟であると言えます。
ガス組成
蒸気中に含まれるガスは、酸性ガスとRガスの大別されます。酸性ガスについては、一般的にH2SとCO2に分けられ、Rガスを含めた3成分の比率で議論されます。
ちなみに、Rガスは一般的にH2SとCO2以外のガスのことを指し、N2、CH4、H2、O2、He、Arなど該当し、調査に使われることもあります。
これらの成分は、プラント建設におけるリスクを事前に把握するためにも重要となります。H2Sは、プラント設備への腐食や応力割れなどを引き起こします。また、いずれのガスも不凝縮ガスに言われ、温度が低下しても液化しないため出力を低下させます。これらのリスクを評価するためにガスの分析が必要となります。